平成27年12月義務化 法律・産業保健 両面から解くストレスチェック制度

Q&A ストレスチェック実施ガイド 著者インタビュー

小笠原六川国際総合法律事務所 弁護士 小笠原耕司 先生

産業医科大学 産業衛生教授/産業医 浜口伝博 先生

Q1. 平成26年6月の労働安全衛生法改正により創設されたストレスチェック制度。今年12月の施行を前に、この背景や、創設に至った要因を教えて頂けますか。

小笠原先生

この数年、メンタルヘルスの問題が各企業で顕在化していること、増加傾向にあるということで、国も会社も本腰を入れて対策を講じなければいけないというところが大きな背景だと思っています。
今までも、メンタルヘルスの対策というのは二次予防・三次予防を中心に行われていたんですね。これはどちらかというと、メンタルヘルスを発症した人に対してメディカルケアをしたり、業務の改善をしたり、復職を支援するというような、後手の対応だったのです。今回の改正をしてストレスチェック制度を入れたというのは、とにかく高ストレスの段階で、発症する前の人にいかに発症させないかという、一次予防に目的を変えたのが大きなポイントじゃないかなと思います。

浜口先生

今から5年前、当時、自殺予防の対策が大きなテーマの一つとなっていました。ちょうど、民主党政権の時代で、当時の自殺者数は年間約3万人。そのうち約1万人が労働年齢人口だったということで、自殺予防という観点から、産業現場でも対策を立てる必要があるという方針になったのです。
その後、長妻大臣注1から「全国的にうつ病患者が増えている。健康診断の時に症状をチェックできないか。法改正が必要であれば検討したい。」「本人はうつ病とは気づきにくい。体制を整えれば自殺対策にもつながる。」との記者会見発言があり、ストレスチェックの実施構想がこの辺りから始まるわけです。
その後も、政権が変わったり、関係学会から法案への大反対があったり、国会の期限切れで店ざらしになったりで、結果的に流れに流れ法律成立(平成26年6月)までマル4年がかかってしまっています。

そもそも、健康診断で「うつ病をさがす」という考えは、現場の産業保健スタッフにとっては全く受け入れられない発想です。検診が、“精神病さがし”のツールになってしまいます。
当時、日本産業衛生学会や日本精神神経学会、その他の精神科医師の集団等が声を出して、「職場でうつ病をスクリーニングということ自体に問題がある。労働者に受け入れられないし、健康管理という観点から言っても問題がある。」と、大論戦になりました。そのうち原案作成の厚労省が「ストレスチェックはするけれど、うつ病スクリーニング目的ではありません。」とトーンを徐々に変化させてきて、最終的には職場の一次予防のためのストレス対策です、職場のストレスを早めに見つけて、ストレス度の高い人に対しては必要な対処をする、職場のストレスを対策していくための制度だということにしたんですね。ということになったので産業保健側も振り上げた拳を下げたという次第です。
だから、この制度の第一目的は「職場の改善」ということになるわけです。
二番目には、そうはいっても、チェックを実施すれば抑鬱の人も見つかるし、体調の悪い人、気分の落ち込んでいる人も見つかる。見つかったらやはり、産業医の先生や保健師さん、ちゃんと対応策をお願いしますねということで、二段構えの構図になっています。

Q2. 事業者に対しては義務、労働者へは任意の形式で開始されますが、制度の形骸化を防ぐため、事業者はどのような姿勢を求められるでしょうか。

浜口先生

安全衛生委員会注2、あるいは衛生委員会をアクティブにしておくことで形骸化を防ぐことができます。安全衛生委員会や衛生委員会は、50人以上を雇用する事業場には開催義務がありますが、その場で議論しなければいけない項目も法律で決まっていますよね。
今回、その項目の一つにこのストレスチェックの内容も入っているから、安全衛生委員会、衛生委員会が動いているうちは、必ず取り上げられるはずです。だから、安全衛生委員会・衛生委員会を活性化させておくことがこの制度を形骸化させない対策になります。
もっと具体的にいえば、活性化するためには、その構成員である産業医、とくにストレスチェックに関しては実施者としての産業医、そして補佐役の衛生管理者等が、ストレスチェックの前後で職場をしっかり巡視して、職場の雰囲気や作業状況等をよく観察することが大切です。職場分析や、改善のためのアクションプランの実施までいっしょにサポートすることができれば達成感もちがいます。

小笠原先生

もちろん、第一次的には事業者の義務という形にはなるのですが、事業者だけでなく、会社を取り巻くステークホルダー全員が積極的に関わらないと形骸化してしまうリスクがあるのかなと感じています。
メンタルヘルスの問題というのは、労働者一人の問題でなく、企業全体の問題だという認識を持った上でやらなければいけません。
法的な側面を申し上げると、結局、いったんメンタルヘルスの問題が発生してしまうと、管理している人や担当役員まで影響が出ますし、当然、訴訟の話になってきます。訴訟の金額も増大化していて、1億円前後、それ以上の金額が認定されるケースもあります。しかも、原因になった上司だけでなく会社も訴えられますし、役員、代表者も会社法429条注3の規定によって訴えられるという時代になってきています。法的リスクからいっても、当然対応しなければいけない話なのです。
今までの歴史を見ると、バブルの崩壊後10年間、自殺者が3万人を超え、日本は先進国の中で類を見ないほど突出したんですね。やっと今、このストレスチェックもそうですけど、メンタルヘルス対策をしたこと、色々な施策をしたことによって3万人を切る状況になってきました。それでもまだ、異常な数字であることは間違いないですよ。
そういうこともありますし、バブル崩壊とリーマンショックの問題が労働者にかなりの負荷をかけてきて、結果として、今こういう問題が発生しているというのが私の考え方です。いかに少ない人数で、フロントからバックの仕事まで一人の人がやらなければいけないかということになっていますよね。それは、企業が存続するためにやむを得なくそうなった話ですけど、そのツケが回ってきていると見るべきかなと思っています。

大事なことは、会社の経営・存続自体の問題として捉えることです。
まずは事業者ですけど、それ以外の働いている人達も含めて。もしかしたら取引先も関係するかもしれません。そういった、会社のステークホルダーの人達が一丸となって、大事な制度だと認識するのが一番、成功するか、あるいは形骸化するかどうかのポイントかなと思っています。

Q3. 本制度施行を機に期待される労働環境の変化や、制度に期待される社会的役割についてお聞かせいただけますか。

浜口先生

健診データは産業医が取り扱って、この職場は高血圧が多い、糖尿病が多い、肥満が多い、あるいは高脂血症が多い、、、、、残業も多い、、、、なんて、分析をします。
職場ごとにも分析をしますし、年齢や性別ごとにも分析して、その集団の特徴について衛生委員会にて報告します。それをきっかけにして、「健康課題はこういう傾向があります。だから今の働き方、職場…ちょっと見直しが必要かもしれません。」などと提言をして、みなさんの健康管理への意識を上げてもらいたいと思うわけです。
しかし、過去、健診データを使いながらそういう報告をしたり、安全衛生委員会でアラートを出したとしても、働き方や職場を変えようというところまでには繋がりませんでした。しかし今後は、ストレスチェックは職場単位で組織分析を行うので(努力義務ですが)、ストレスチェックをきっかけにして、職場ごとのリスクが明確になります。職場を変えようという使い方をすれば、ストレスチェックはツールとしては説得力が非常に高いと言えると思います。
じつは組織分析は努力義務なんですが、ほとんどの会社では組織分析まで行うと思うので、あとは、産業スタッフ、衛生管理者の人達がどのように活用していくかですね。今回は数字が見える注4わけで、悪い数字は改善しないと、皆さん落ち着きが悪いでしょ。
そういった意味で、自然と職場環境の改善という方向に流れていくと思うので、期待しています。

小笠原先生

今までは、労働安全衛生法の規定で、健康診断を定期的にやっていました。ただし、健康診断は本人の健康状態を診るだけなので、メンタルヘルスとは直結していませんでした。
今回のストレスチェックというのは一次予防で、発症していなくても高ストレス者(点数が高い場合)は、かなり早い段階で専門家、医師の面談を受けることによって芽を摘めます。メンタルヘルスの病気を予防できる意味では、かなり意味のある話かなと思います。
今まで100時間超えた人注5だけターゲットになっていたのが、そうではなくなりますから、ある程度の点数高い人は率先してどんどんその早くカウンセリングを受けると。そして、その集団、職場環境に問題があったということになると、それをまた変えようという話になりますから、労働環境には、かなり変化を期待してよいのではないかなと思っています。
もちろん、労働者にとっても会社にとってもいい方向でという話です。

Q4. 本制度普及の鍵は何だと思われますか。

浜口先生

繰り返しになりますけど、組織として動くから、衛生委員会がとにかく鍵になります。
それと、衛生委員会の動かし方を分かっている人が必要です。衛生委員会を使って、この会社をこういう順番で改善していきたいなというビジョン、プランが立てられる人が最高です。PDCA注6をしっかり回せるような人がいるか、いないかが鍵ですね。
健康診断も、やりっぱなしっていう人が多いですが、ストレスチェックをやりっぱなしにする企業が出てくるでしょう。職場分析もやりっぱなしの企業が出てくると思うんですよ。ストレスチェックの場合は、やりっぱなしは全く意味がないことになります。ストレスチェックをすることによって、何を目的にするかとか、実施はゴールでなく、実施することはあくまでも手段なので、何のためにこれをやっているのかという意識をきちんと持つこと。そして、それをいつも安全衛生委員会・衛生委員会で繰り返し伝える人がいることが大事ですね。

小笠原先生

先ほど申し上げた通り、事業者だけ頑張っても駄目だし、産業医の先生だけ頑張っても機能しないですし、全体ですよね。会社に関わっている人達が、この制度をしっかりと、会社業務の一環として、例えば普通に「自分は点数が高いから今週は面談してくる」と、さらっと言えるような状況を作るのも大事かもしれないですね。
結局、普及するかしないかの鍵としては、事業者がなんとなく形式的に、お金をかけて制度を運用しなければいけないということを面倒くさいと思ってしまえば失敗しますし、他方で働いている人達も、自分の点数が高いことがばれるのは嫌だって思ってしまって、隠してしまうとダメですし、逆に乱用してしまってもよくありません。
せっかく50人以上の事業場で義務化しても、誰か一人でもそういう認識を持ってしまうと、一気に効果がなくなってしまうので、やはり鍵というのは、それぞれの人達がちゃんと意識を持つことです。メンタルヘルスは恥ずかしい話ではなくて、明日は我が身だという話で、個人の属性の問題ではなく会社の制度疲労の問題だと。それを恥ずかしくもなくお互いに共有して、問題があったら直そうというのが大事かと思います。
そういう啓蒙が必要になると思います。事業者も労働者も、互いにです。

Q5. 今回のご執筆の経緯やきっかけを教えて頂けますか。

浜口先生

以前から嘱託産業医の先生方にとっては、ストレスチェックは大きな話題でして、多くの産業医が取り組みに非常に尻込みしてしまっています。ストレスチェックの実施者になりたくない先生方がなぜか多いんですね。おそらくは、面接指導のなかで対応を誤ると、誤解を受けるし、あげくは訴訟事件まで…なんて被害者意識が先走っているようなのです。
先生方にとっては、非常に大きなストレスであるし、ハンドリングの仕方が手馴れないし、要は怖いんですよ。
そこで、産業医の先生方を啓蒙しなければいけないなと感じていましたし、誤解があるのならそれを解き、通常の産業医活動の中で十分こなせる内容なので、不必要な心配は要りません、とお伝えしたく思っていました。最近の産業医研修会の際には、講師としてコメントを紹介していましたけれど、本にも書きたい、書かなきゃいけない、と思っていたところでしたので、今回ちょうど小笠原先生のところで本の出版機会があって、産業医の先生に担当してもらいたいコーナーがあるとのことでしたのでご一緒させていただきました。

ちょうどタイミングが合致していたということですね。
はい。

Q6. ご執筆時を振り返ってのこぼれ話などはありますか?

小笠原先生

今回、ストレスチェックの主役という意味では、やはり産業医の先生がすごく重要でして。たまたま医療情報の会社の方から、共同執筆の浜口先生をご紹介・ご快諾頂いて、産業医の目からも見て頂きたいなということで、一緒に執筆していただけたというのは、すごくありがたかったなと思っています。
法律家と産業医が一緒になって本を書けたというのも、短い時間ではありましたが、すごく良かったのかなと思います。

Q7. 最後に、まだ本書を手にしていない方や、読者の方へお伝えしたいことをお聞かせ下さい。

浜口先生

法律の専門家がしっかりと書き込んでいる本なので、人事労務の方が、考え方や、ストレスチェックの運用や背景を論理的に理解するためには良いと思います。
産業スタッフは、法律の論理とか、ちょっと気が付かないリスクの部分、自分の気づいていない法的なリスクに気づくという意味では有用性が高いと思います。

人事労務の方は人事労務、産業スタッフの方は産業スタッフ、それぞれに。

浜口先生

まず、多くの方々は法的な部分で心配がっているフシがあります。
たとえば産業医の先生方は、メンタルヘルス失調者に対してどういう風に対処したらいいか分からない、というよりは、非協力的であったり誤解を意図するような労働者に対して、対処法を間違ったりしたら、どのくらいの法的リスクが発生するのか等について怖がっているようです。
まずは、法的な観点から本制度の考え方を整理して、リスクの部分を明確に理解することが当面の目標です。法的な知識について不十分だと感じている人にとっては、特にこの本は良いと思いますね。

小笠原先生

まだほとんどの会社が準備できてないと思います。準備されているところも、もう一度見て頂きたいですね。
特に今回、厚労省がガイドラインや指針を出して、かなり力を入れていますけれども、ガイドラインではなかなか書ききれない部分…例えば産業医の先生の現場の声であるとか、それから我々のほうの法的な責任ですね。ストレスチェックに関わる人達の法的な責任というのを、もれなくクエスチョンに落とし込んでいます。この辺りはガイドラインに書かれていない部分ですので、ぜひ産業医の先生のコメントの部分と、我々の法的責任の部分に関して、関係者の方に読んでいただけるとすごくありがたいなと思っています。それを使うことによって、立ち上げで利用するのもよし、それから立ち上げた後に、これはどうなんだろう?と、フィードバックするときに確認して頂くところでお使いいただけるとありがたいなと思っています。

著者紹介

小笠原六川国際総合法律事務所 小笠原耕司

一橋大学法学部卒業。東京弁護士会。
現在、小笠原六川国際総合法律事務所代表弁護士を務めるほか、2004年4月より2012年3月まで東海大学法科大学院教授(担当科目:現代商事法〈コーポレートガバナンス、コンプライアンス〉、倒産法、リーガルクリニック)を務め、現在は青山学院大学講師(商法)を務める。
専門は会社顧問業務、企業法務、事業再生、M&A等幅広い。著書に『安全配慮義務違反を防ぐためのEAP 導入のすすめ』(清文社)、『Q&A 御社の営業は法律知識で強くなる』(清文社)、『企業評価・企業再生』(経済法令研究会)など多数。

産業医科大学 産業衛生教授/産業医 浜口伝博

産業医科大学医学部卒業。日本IBM(株)等の専属産業医を経てファームアンドブレイン(有)を設立、(株)ファーストリテイリング統括産業医を兼任。現在、企業に対して産業保健コンサルティング、産業医サービスを提供。慶應義塾大学医学部講師、順天堂大学医学部講師。
産業医学推進賞受賞、日本産業衛生学会奨励賞受賞、中央労働基準局局長賞受賞。
「産業医ストラテジー」(監修)等著作多数。

Q&A ストレスチェック実施ガイド

職場のメンタルヘルス対策への活用と留意点

  • 判型:A5判276頁
  • ISBN:978-4-433-55745-4
  • 定価:本体2,200円+税
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