著作部門

 

1.受賞者  石 田 和 之(徳島大学)

 

2.受賞著作 『地方税の安定性』(商学研究叢書1)

(成文堂 2015年3月刊行 ISBM978-4-7923-4253-1

  3.受賞理由

全部で6章からなる本書における著者の問題意識は、第1章のタイトル「「望ましい地方税」の考え方と地方税の安定性」に示すように、望ましい地方税の考究にある。地方税制度が税制として望ましいものであるための要件は、わが国の場合、普遍性、安定性、伸張性、伸縮性、負担分任性、応益性、自主性の7要件が知られているが、筆者はこれらの中で税の安定性に着目する。その理由は、「分権型社会で真に地方自治の精神を実現し、自主・自立的な地方行財政運営を実現するためには、地方団体の財源基盤の充実が大切である。地方団体の財源の中心は地方税である。したがって、地方税の安定性は分権型地方行財政の仕組みを構築するためのもっとも重要な課題である。」(1頁)からである。

第2章では、所得弾力性を使った税収の変動性について、先行研究の線に沿いながら、税収の短期的所得弾力性によって安定性を、長期的弾力性によって伸張性をそれぞれ操作的に定義し、前者については変化モデルによって、後者については水準モデルによって、それぞれ推計を行なっている。

地方税の安定性をめぐる議論においては、税収の安定性と伸張性のトレードオフを前提する「伝統的見解」があるが、この見解は両属性の尺度が同じであることから生じる。筆者は、この見解を支持せず、短期(安定性)と長期(伸張性)の間にはアプリオリに決まる関係ないと考え、異なる尺度を採用するのである。安定性と伸張性がトレードオフの関係になるかどうかは、前提する事柄ではなく、検証するべき事柄であると筆者は考える。

推計結果によれば、「伝統的見解」とは異なり、安定性と伸張性の両方を満たさない税(地方法人2税)がある一方で、両方を満たす税(固定資産税)の存在が発見された。

この結果を受けて、第3章では、税収の安定性と伸張性の関係について相関係数を使って確認し、多くの税で安定性と伸張性の間に有意に正の相関が見られるが、高い相関係数を示すもの、すなわち強いトレードオフの関係を示すものはないことを発見している。これは税収の安定性(伸張性)を確保したまま伸張性(安定性)を改善できることを示唆している。固定資産税は安定性と伸張性の間に有意な相関関係、すなわちトレードオフ関係がなく、これは固定資産税の安定性(伸張性)を向上させることが伸張性(安定性)に及ぼす影響をその都度検証すべきことを示唆している。

第4章から第6章は、税収の安定性に関連する地方税制度の論点を取り上げられている。

第4章では、国税からの影響遮断が考察される。国税からの影響遮断とは、例えば減税のような国の政策税制によって地方税の減収が生じないように、国税の制度改正から受ける影響をできるだけ排除して地方税の安定性を確保しようとする地方税の制度的な対策を指す。

この章では、個人住民税と法人住民税について国税からの影響遮断が分析される。すなわち、グレンジャー因果性テストにより国税収入から地方税収入へのグレンジャー因果性のみが認められる場合、国税が先導して地方税を決めていること、すなわち国税からの影響遮断が働いていないと解釈する。主要な検証結果としては、国税からの影響遮断のための制度的対応である所得割の非課税限度制度の導入がなされた1981年以降と、それ以前をも含む全期間について、所得税と市町村民税所得割との間には共にグレンジャー因果性が見られたのに対し、道府県民税所得割との間では1981年以降の期間においてグレンジャー因果性は見られないことが発見された。すなわち、1981年度以降の道府県民税所得割については国税からの影響を遮断しており、所得割の非課税限度制度の導入が地方税の税収の安定性に有効性を持つことを示唆する知見が得られている。

第5章と第6章は、第2章および第3章において、税収における安定性と伸張性の両方を満たし、両属性の間にトレードオフ関係が見られないことが発見された固定資産税を取り上げ、第5章においては固定資産税の負担調整措置と税収の安定性の関係が、第6章においては固定資産税の安定性と課税標準の選択問題が、考察されている。

第5章におけるキーワードである負担調整措置とは、1994年度に導入された宅地に対する7割評価に伴う評価額と税負担の急激な増加に対処するために導入された仕組みである。負担調整措置によりそれまで一致していた評価額と課税標準額が切り離され、評価額(地価公示価格の7割)と課税標準額の乖離(差)が税負担を決める。負担調整措置の趣旨は、負担水準の均衡化によって固定資産税負担の公平を図ることにある。

このような負担水準の均衡化が実現されているかどうかを検証するために、地価と税負担の関係を「実効税率」によって表現し、実効税率の定義式を変形することで、宅地資産額に対する税収の短期的所得弾力性、すなわち宅地の固定資産税の安定性を表す係数を導出する。この係数を総務省『固定資産の価格等の概要調書』を基に推計した結果、宅地の固定資産税の税収は安定性が高く、宅地の実効税率の変化と宅地資産額の変化は負の関係にあること(宅地の実効税率を上昇させているのは税支払額の増加ではなく、資産額の減少(地価の下落)であること)が発見された。

第6章は、固定資産税の課税標準の選択問題が税収の安定性の視点から考察される。課税標準の選択問題に対する主流のアプローチは、租税原則や地方税原則に照らして各種の課税標準の望ましさを検討するものであるが、本章ではこれとは異なるアプローチが採用されている。すなわち、課税標準の選択肢の間には優劣ではなく性質の違いがあると考えて、制度的な整合性の観点から課税標準の選択肢が検討される。制度的に矛盾のない資産保有税は収益税と財産税であり、望ましい課税標準はそれぞれ賃貸価格と資本価格である。この章においては、固定資産税を財産税として理解するので、望ましい課税標準は資本価格である。

本章のアプローチにおいては、それぞれの課税標準は安定性の観点から評価される。すなわち、「賃貸価格よりも資本価格の安定性が高ければ、固定資産税の判断は正しかったことになる。」(140頁)逆に、「資本価格よりも賃貸価格の安定性が高いならば、固定資産税の判断は間違っていたことになり、課税標準は資本価格よりも賃貸価格が望ましいことになる。」(140頁)後者のような場合、制度上の整合性を重視する観点からは、単に課税標準の見直しばかりではなく、収益税に基づく香港レイトを睨んだような、固定資産税の抜本的な改革が必要になる。課税標準の安定性を確認するために、香港レイトと固定資産税の制度比較を行なった結果、日本の住宅市場では、賃貸価格よりも資本価格の安定性が高く、香港の住宅市場では、資本価格よりも賃貸価格の安定性は高いこと、すなわちそれぞれに制度上の整合性が存在すること発見された。

このように本研究は、地方税の安定性について所得弾力性に基づく緻密な測定を行い、安定性と伸張性の間のトレードオフ関係を検証している。それとともに、地方税の安定性と関連する地方税制度の論点について統計手法を駆使した検証を行ない、地方税制度への建設的な提言を行なうことにも成功しており、優れた政策研究であると評価できる。

 

 

論文部門

 

1.受賞者  圓 生 和 之(名古屋商科大学)

 

2.受賞論文 「地方外郭団体職員の給与水準に関する経済分析」

(日本地方自治研究学会誌『地方自治研究』Vol.29  No.2201411月)

  3.受賞理由

 地方公共団体の外郭団体(以下、外郭団体)は地域住民の暮らしを支える重要な役割を担うだけに、これまでに様々な改革の取り組みがなされるとともに、多様な研究が行なわれてきた。本研究は、外郭団体職員の勤労条件に焦点を合わせ、これまでほとんど研究されてこなかった外郭団体職員の処遇の実態について給与水準の側面から分析・解明し、その適正化を図る提言を行なうことを目的にしている。

 この研究目的を達成するために、筆者は、労働経済学の分析手法を用いた計量的な分析を行なっている。分析対象は某県の住宅供給公社と公園協会であり、分析データは県庁及び両外郭団体(以下、両団体)に対する情報公開請求とヒアリング調査によって入手している。また両団体の職員について5年間に亘る個人ごとのマイクロデータの提供を受けている。

 ヒアリング調査の結果は、両団体の職員給与が、県の行革による給与減額と同様の減額措置が講じられているほか、独自の給与減額措置が講じられていることを示している。また、県職員の給与水準を100とした時の両団体のラスパイレス指数がほぼ100で推移していることから、両団体の給料が県職員と同一の制度と運用がなされているであろうと推測している。

 次に筆者は、両団体の給与水準が適切であるかどうかを検証する。そのため筆者は、両団体と事業の点で類似の民間事業所と給与水準の比較を行なう。すなわち、日本標準産業分類にしたがって両団体の事業を特定化し、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」から特定化された事業に属する男性労働者に関する所定内給与額のデータを抽出する。次に民間事業部門の所定内給与データと比較可能にするために、外郭団体を含む公務部門の給与(=基本給)を扶養手当、管理職手当、地域手当などの諸手当などにより調整を行う。さらに、労働者の生産性と給与に影響する労働者の属性である年齢、学歴とともに、企業属性として企業規模を考慮した賃金関数の推定を行なっている。この賃金関数を構成する外郭団体ダミーの係数は両団体の職員と比較対象の産業の民間従業員との間で、年齢・学歴・職階が同じである者同士を比較した場合の給与格差を表していることが示される。

 推計結果によれば、住宅供給公社については実際の支給ベースで賃金水準は比較可能な民間の不動産産業等とほぼ均衡しているのに対して、公園協会では生活関連サービス産業等よりも9%程度高いことが示された。これらの推計結果は行革等による減額措置がなければ、それぞれ9%、20%程度高くなる。これらの違いについて筆者は、両団体に比較可能な民間部門の賃金水準と、行政職の公務員が類似職種としている一般の事務・技術職の賃金水準の差に基づく説明を行なっている。

 地方公務員の給与水準は地域の民間給与との均衡(「外部との均衡」)と、同一の職務の級に属する「類似」職種との均衡(「内部での均衡」)からなる均衡連鎖によって決まる。外郭団体の給与水準もこの均衡連鎖の中にある。上述の推計結果に基づき外郭団体の給与水準について、筆者が提起する問題点は、均衡連鎖の誤謬が生じているのではないかということである。すなわち、一般行政職と民間従業員との比較が精緻に行なわれる「外部との均衡」から「内部での均衡」が図られる過程で、かけ離れた職にまで均衡連鎖が繰り広げられているのではないかということである。外郭団体の職員の給与水準は、親元である地方公共団体の職員の給与水準との均衡を基本とした運用が図られる結果、類似の業務を行なっている民間事業所の従業員の給与水準との均衡が失われる結果となっているのである。このファインディングスは、本研究の調査対象に特有のものではなく、外郭団体職員の給与水準に関わる傾向である可能性が高いと筆者は主張する。

 以上の調査・分析結果に基づいて、筆者は次のような提言を行なう。すなわち、「・・・、外郭団体職員の給与水準の決定に当たっては、親元の地方公共団体職員の給与との均衡を図るのではなく、同種の事業を行なっている民間従業員との均衡を図るよう、各地方公共団体の指導方針を含め、見直しを行なう必要があると考える。そうすることによって、外郭団体職員にとっても、理不尽に減額された給与ではなく、あるべき水準の給与が支給されているという認識を持つことができるのではないか。」(39頁)

 本論文は、労働経済学の分析手法を駆使し、これまでほとんど未開拓であった外郭団体職員の給与水準について計量分析することによって、「均衡連鎖の誤謬」という問題点の存在を指摘し、その適正化を図る提言を説得的に行なうことに成功している。本論文は、極めて良質で優れた研究成果であると評価できる。